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2011年8月22日 (月)

抜き打ち試験考察

★例によって大間違いがあったらごめんなさいな駄文です。決して信用しないでください。★

抜き打ちテストのパラドクスというのがありますね。
先生が「今週中に抜き打ちテストをします」というものです。
この問題で抜き打ちとは、「前日までに試験日が特定されないこと」と定義されるようです。

さてここからが本題ですが、

①「木曜までテストがなかった場合、金曜日にテストがあるのは確実なのでもはや抜き打ちはなりたたない」という命題が成り立ちます。
この命題は真です。

そして、①をもとにつぎの木曜日の可能性を消去する同様の命題が来ます。
②「金曜日に試験は行えないのだから、水曜まで試験がなかった場合、木曜には抜き打ち試験はできない」
この命題は真に見えます。
これを繰り返して結局月曜から金曜のいずれにも抜き打ちテストができる日はない、とするのがこのパラドクスです。

検討してみましょう。

①には「最終日には抜き打ち試験は行えない」という命題が含まれています。
しかしよく見ると①には限定がついています。最終日前日までテストがなかった、という限定です。
この命題は実は限られた場合のみを言っているのです。
最終日まで試験が行われなかった場合に限って真なのです。
この命題が実は一定の場合だけを取り出しているのだとわかります。

そして、命題②は命題①を前提にしてのみ成り立つのです。
「金曜日に試験を行えない」のだから、②により木曜日も不可、と思い込みませんでしたか?
そうではないのです。ここで先に指摘した前提から限定が外れてしまっています。
真とした命題以外を前提にした、したがって命題②は真とは言えません。

実は抜き打ちの定義が曲者なのです。
定義では「前日までに特定されないこと」となっています。そこから思考は以下のように展開されがちです。
・木曜まで試験がなければ(明日がテストだと)特定される(だから金曜日は除外)
→水曜まで試験がなければ特定される(だから木曜日は除外)
 →火曜まで試験がなければ特定される(以下繰り返し)
  →月曜に試験がなければ特定される
   →日曜日には特定されている

この抜き打ちの定義は常に「試験が行われなかった日」を基準にします。そして、最終日には抜き打ち試験を行えないという真の命題が思考の方向をゆがめます。

Nukiuti 図にしました。

たとえば②を見てください。この命題は「試験のなかった水曜日」には翌日試験があることを確定できる、といっているに過ぎません。
「実際水曜日に試験が行われてしまった場合」については何も述べていないのです。
しかし、ここからさかのぼって③の前提になるのは「木曜日には試験ができない」です。これはおかしい。木曜日に試験ができないのは水曜日に試験がなかった場合にすぎません。
一方の未来だけを前提に(もう一方の未来を忘れて)過去にさかのぼっているのです。

つぎに思考の方向がゆがんだ、と書きましたが、これは最終日からさかのぼってることを意味します。
確かに最終日の金曜日には抜き打ち試験はできません。
しかしこれを前提にして後ろから考えるのはおかしいのです。
たとえば前から考えます。
日曜日に、明日試験があることが確定できるでしょうか。不可能です。では月曜日に試験がなかったとして、、明日の火曜日に試験があると確定できるでしょうか。できません。
確定できるのはそれを積み重ねて木曜日が経過したときだけなのです。

抜き打ち試験のパラドクスはこの後「できないはずの金曜日に試験が行われたので予想に反して抜き打ちになった」という落ちがつくらしいのです。
しかしこれは自分で定めた抜き打ちの定義を無視した強引なもので、面白い落ちではありません。
それ以前に上記の誤りがあると思ったので書いてみました。

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コメント

ご無沙汰しております、東京のS崎です。
教師の末席を汚す者として、
興味深く拝見しました。

論理的には、ご説のとおりで、
ある種のパラドクスとなりますが、
現実的な話としては、
「抜き打ちテスト」というのは、
完全に予告なく行うもの、と考えています。
ですから、小生なら、
「今週中にテストを実施します」と予告して実施するテストは
「抜き打ちテスト」とは認識しません。

つまり、
「今週中に抜き打ちテストを実施します」
というアナウンスそのものがありえない、
実施日を特定しなくても、
ある範囲でアナウンスしてしまったら、
抜き打ちテストではない、
ということになるでしょうか。

とんちんかんなコメントですみません。

投稿: S崎 | 2011年8月23日 (火) 19時47分

ご無沙汰しています。
S崎さんもマイクロSALいかがですか?

たしかに期間を区切ってなお抜き打ちというのもおかしな話ですね。

この手のテストは実際あったのですが、期間を区切ったのは先生の温情だったのかもしれません。

教育を施す側と受ける側の齟齬は興味深くまた切ないものですね。
学問における理解と暗記の緊張関係がその原因の一つなのかなと思っています。

投稿: ウエノ | 2011年8月24日 (水) 01時54分

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