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2010年7月11日 (日)

前回の関連

※検証していない伝聞の昔話です。

先の記事の曾祖父ですが、終戦時には故人でした。
曾祖母いわく「生きていれば巣鴨行きだったわね」とのことです。

さて、祖父は少年時代を旭川で過ごしていました。
(斉藤実に会った話は、曾祖父の任地=東京を訪れた際の話のようです。)

祖父には同い年の白系ロシア人の友人がいました。
幼なじみで、祖父はいちばん仲の良い友人だったそうです。ともに旧制旭川中学に進学し、野球をしていたようです。

…月日は流れ、その友人はプロ野球の投手となっていました。
ある日の催しで、祖父の属していた草野球チームのメンバーが彼と対戦することになったそうです。
他の打者はプロの速球できりきり舞いになりましたが、彼は古い友人である祖父にだけ手加減してくれたらしいのです。祖父はただ一人、ヒット性の当たりを放ったということです。

ヴィクトル・スタルヒンの少年時代を知る人は多くはないようです。
しばらく前に彼の娘さんが父の少年時代を知る人を探していたことがあったらしいのですが、当時すでに祖父はこの世にありませんでした。
祖母も名乗り出なかったようです。その祖母も3年前に他界しました。

彼らの少年時代が、友情がどのようなものであったのか、もはや直接聞くことはかないません。

300勝投手スタルヒンの名は、旭川の地に球場名として残されています。

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