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2010年7月26日 (月)

壮行試合結果のみ

本山に出向きF3J派遣三人衆+コーチ親子のお相手をしてきました。カメラ持って行ってません。

一抜け勝負(最下位一発退場)では二回とも決勝で負けました。
さすが派遣選手たちは強い。
世界戦頑張ってきてください。

FXのセッティングを見てもらったところ前重心と指摘され困りました。
後に動かせるメカがなく、修正には苦労しそうです。
テールバラストを積むのは避けたいところです。

大修理していったA4は出る幕なし。強風が吹けば出番もあったでしょうが。

最新型のDLi2は生産性に難があるらしく、胴体と主翼の仕様を変更してDLA6となっていました。主翼は6ピースコアです。
このまま生産されるようです。
サーマルでの上がりが驚異的で、下に入られたら衝突を恐れて譲ってばかりいました。上が逃げるなど不本意ですが…。

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2010年7月25日 (日)

復活

100724a

メカトラで落としたあと永らく放置していたDLA4.5の修理が完了しました。
この機体はDLA4の主翼(ただしDLA4ライトの工法で作られた最終型)にKiSALの胴体を組み合わせたものです。

損傷は主翼の断裂、一部欠損のほかシワ多数などでした。
主翼のステッカーは大きなパテ埋め痕を隠すためのものです。

100724f 修理に合わせて主翼位置を20㎜後退し、メカ配置を見直すなどしました。
メカはこのような感じ。イナーシャ軽減のためコンパクトにしたサーボクラスタの後に電池、その後に受信機です。
サーボより前の機首はからっぽです。テールを軽量なPE糸でリンクしているためこのようなことになっています。
エルロンサーボは変な積み方をしていますが、細いポッドでは使えない方法です。

修理の様子は何枚か写真を撮っていますので後ほど載せます。

重量は256g、これに加えてバラストルームを増量して46gのバラストを搭載できるようにしました。ひさびさに300g超の機体です。
昨日テスト飛行を行ってフルパワーに耐えることを確認しました。

300g超は指にズシッと来ますが、これに耐えれば良く上がります。50g軽いFXを楽に上回ります。

ただし滑空速度も沈下も明らかに大きくなりますし、当然ブレーキの効きも悪化します。今回最適なクルーズ設定を探しきれなかったのが残念です。
今日にはDLA6と戦わなければならないのです。この機体の出番があるかどうかはわかりませんが。

ところでSALのために筋力を鍛えるなら真っ先に握力を鍛えることをおすすめします。

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2010年7月11日 (日)

前回の関連

※検証していない伝聞の昔話です。

先の記事の曾祖父ですが、終戦時には故人でした。
曾祖母いわく「生きていれば巣鴨行きだったわね」とのことです。

さて、祖父は少年時代を旭川で過ごしていました。
(斉藤実に会った話は、曾祖父の任地=東京を訪れた際の話のようです。)

祖父には同い年の白系ロシア人の友人がいました。
幼なじみで、祖父はいちばん仲の良い友人だったそうです。ともに旧制旭川中学に進学し、野球をしていたようです。

…月日は流れ、その友人はプロ野球の投手となっていました。
ある日の催しで、祖父の属していた草野球チームのメンバーが彼と対戦することになったそうです。
他の打者はプロの速球できりきり舞いになりましたが、彼は古い友人である祖父にだけ手加減してくれたらしいのです。祖父はただ一人、ヒット性の当たりを放ったということです。

ヴィクトル・スタルヒンの少年時代を知る人は多くはないようです。
しばらく前に彼の娘さんが父の少年時代を知る人を探していたことがあったらしいのですが、当時すでに祖父はこの世にありませんでした。
祖母も名乗り出なかったようです。その祖母も3年前に他界しました。

彼らの少年時代が、友情がどのようなものであったのか、もはや直接聞くことはかないません。

300勝投手スタルヒンの名は、旭川の地に球場名として残されています。

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