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2009年3月24日 (火)

無の境地

イチローが会見で「あの場面でいろんなことを考えた。本当なら無の境地がいいのだろうが」と言っていました。

これについて最近思うところがあります。

集中して無の境地、というのは大変難しい。いや出来る人がいるなら見てみたいです。
大事な場面で集中しようとするほど周りが見えなくなり、なにかを見落とすという人なら多いかもしれません。

そこで私は考えを改めてみました。

集中もできず無の境地にもなれないなら、いっそ感じること全部に集中してやろう。
気が散るんじゃなく完全に気を散らしてしまえばいい。
そうすればかえって無の境地に近づけるんじゃないか。
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という芭蕉の句はひょっとするとこういう心理状態なのではなかろうか、などと勝手な解釈をしたり。

このように心がけていたのですが、試す場がありました。

前回のカップの予選。
風の音、他の選手の話す内容、気温、プロポの手触り、尿意、そのほか感じる全てのことに集中してみました。
すると脳から余計な力が抜けて、わりとマシな結果に。

しかし、決勝ではその方法自体を忘れてしまいました。結果、自分の機体だけしか見えない極度の視野狭窄に陥り、精神を立て直す術をなくしたのでした。

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